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2013年05月12日

『楽毅/宮城谷昌光』は最高の孫子の教科書である

書名 楽毅
著者 宮城谷昌光
出版社 新潮社
発売日 2002-03-28 22:05
感想一言 孫子の兵法を学びたいなら、数々の入門書や解説書、直訳を読むよりも、この楽毅がオススメ!

この小説は、タイトルどおり「楽毅」という中国古代の武将を主人公に書いた小説である。なので、小説の感想の前に、楽毅という人物を少し紹介したい。

楽毅は中国古代、紀元前4世紀から3世紀ごろ、つまり戦国時代中期に活躍した名将である。コーエーのゲーム「三国志」シリーズには、ほぼ必ずお助け古代名将キャラとして登場し、恐るべき能力値を誇っている。

 

日本人にはお馴染みの中国の人物、三国志の諸葛亮孔明が名将の中の名将とたたえた人物だ。

 

楽毅は戦国時代に出来た中山という小国にて、滅亡の危機を大いにささえ、逃げ出さずに信義をつらぬき、かつ寡兵で大国「趙(チョウ)」と戦いつづけた。その敵対する戦力は常に10倍20倍以上。ただ、堅牢な城壁を築きあげたり、さらに多勢に無勢になった際には野戦も行い、勝てぬまでも打撃をあたえつづけ、ついぞ負けることはなかった。

孫子の極意に「無形」がある。強固な城は堅牢であるが、同時に標的となりうる。だからこそ、ゲリラ戦のほうがよい。それを滅亡寸前の状態にありながら、城戦が常識の古代中国において(この頃はいまのゲリラのように火器はないのである)、やってのけた。常識を打ち破り、孫子の「無形」を実践して結果を出したのである。

残念ながら中山は本陣が陥落して滅亡してしまったが、楽毅には相当手こずらされたようである。

 

その後、現在の北京に位置する燕(エン)というこれまた小国に仕える。しかし、そのときの燕は名君であった。家柄、血筋、身分などの出自を問うことが最も重要視された中国古代において、敗残、亡国の臣として蔑まれていた楽毅を燕王は大抜擢し、重臣の位置に据える。非凡な戦績を評価したのである。

楽毅は戦において負けを知らないのは、ただ兵の扱いがうまかっただけではないことが、外交手腕からもわかる。孫子には「戦う前から勝敗を明らかにする」という考えがある。準備の時点で出し抜き、万全の状態でしか戦わないのだ。やむを得ずの戦いにならないようにするのがそもそも肝心であった。

燕王の悲願は、隣国の超大国「斉(セイ)」に復讐することであった。太公望がひらいたとされるこの国は、この戦国中期の時代において、70年ほどのちに中華を統一する秦(シン)と共に、二強といわれていた国である。第二次世界大戦後のアメリカが秦で、ロシアが斉である、といったようなイメージでもいい(誤解をまねくが、規模はわかりやすいと思う)。それに対して、燕という国は、日本やドイツのような小国であった。いかに夢想のことであったか。しかし、それを楽毅は成し遂げてしまうのである。

外交をもって数々の国を説いてまわり、最終的には各国のすべての軍(連合軍)を束ねる将軍の位置につく。80以上の都市があった斉を、わずか2都市を残して陥落させた。もちろん、首都も落とした。しかし、その首都を落としたときには、自分の連合軍の大軍の余裕さを相手に悟らせて鈍足さを見せつけたうえで、あえて危険をおかして燕軍のみで電撃的な奇襲をやってのけ、あまりにも小数の兵で難攻不落の斉の首都を落としてしまったのである。まさに、その瞬間、楽毅を中心に歴史はまわっていた。普通に攻めても数年かかって勝てたかもしれない。しかし、諸国の連合であるという結束力の弱さと、戦いが長引いて国力を消耗し、民からの怨嗟を受けぬため、大軍を戦力ではなく戦術のひとつとして利用したところに非凡さがある。圧倒的に勝っているときにこそ、リスクをとった。

 

文庫版で解説をかかれている方は、楽毅を日本の武将でいえば、「織田信長」しかない、と書かれている。ただ、少し違う点もある。野戦や奇襲をこの書評では強調してきたが、楽毅の戦いは策を弄して騙すような戦いではなく、もっと気品にあふれたものだった。戦いに哲学をもとめている姿がそこにある。

 

その哲学こそ、孫子である。

 

たとえば、孫子にはスパイ(間諜)の用い方に、5種類あり、中には敵のスパイの中にスパイを潜り込ませるやり方(反間)、敵も見方もあざむくようなやり方(死間)がある。しかし、本書には下記のような記述があり、楽毅という人物を小説の中でよりもり立てた。

 

かれは間諜を軽視したわけではないが、反間や死間のような詐術を弄する間諜を、生涯用いなかった。その点、楽毅の戦略にはあくが強くない。攻めるにしろ守るにしろ、理で押せるところまでは押すというのが楽毅の兵法であろう。理でつめるところまでつめないと、理のむこうにある玄妙さがわからないともいえる。(文庫版第三巻-p.85)

 

孫子の極意には、戦わずして勝つ、兵は詭道なり、戦は国家の大事、など、様々なものがあるが、その中でも、著者の宮城谷昌光さんは、楽毅に孫子の極意「無形と無声」をもたせた。

 

この小説は、ことあるごとに、孫子の一文をひく。ひくだけでなく、解釈し、解説し、さらにそれを楽毅の生き様、つまりキャラの根幹としてある部分を、解説するためにあえて使っている。楽毅をつかって孫子を際立たせ、孫子をもって楽毅を完成させたようなものを感じる。読者は孫子の教戒を著者の宮城谷昌光さんによって授けられ、楽毅に感情移入することで、まるで自分が実践したかのような感覚をおぼえ、孫子を飲み込んでいくだろう。そう、小説の世界の中にのめり込むことで、読むだけではなく実践している、そういう感覚がこの本にはある。

 

孫子は古代の兵法書の中で、もっとも「具体的な事柄」が少ない書物であり、中心に「人とは」を据えた本である。そして、あまりにもその本質に迫るものだった。だから、後世にも伝わり、独自に解釈して人生論として活かすもの、経営の極意として活かすものも多い。

孫子関連の書物を10冊以上は読んだことのある私だが、この小説ほど孫子について学べるものはなかった。そう断言していい。ただ、いままで多くの孫子にまつわる本を読んでいたからこそ、楽毅を楽しみ、すこしだけ孫子の深いところに辿りつけたのかもしれない。それについては真偽は私では明らかにできないから、ぜひ一読してどう感じたのか、孫子に興味がある方は、ぜひ読んでみたらいかがだろう。

 

なお、本書のテーマは、孫子ではない。「人が見事に生きるとはどういうことか」である。

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